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2020年11月

2020年11月27日 (金)

高温の物体から出る光を調べる|量子力学の幕開け(2)

熱い鉄箱から出る光の不思議な現象

 高温の物体から出る光を調べるためには、色のついた物体を使うことはできません。なぜなら、色のついた物体は、その色に対応する光を放射するからです。そこで、黒い物体が放射する光、黒体放射が研究の対象となりました。ところが、さまざまな波長の光を放射したり、吸収したりする理想的な黒体は実在しません。

 プロセインの物理学者グスタフ・キルヒホッフは、内部が空洞の鉄箱に小さな穴を開けた装置を考案しました。この穴から光を入れると、光は内部で反射を繰り返し、やがて吸収されてしまいます。逆に、この箱を熱すると、光が穴から出てきます。彼は、この鉄箱が理想的な黒体放射をすると考え、箱を高温にしたときに穴から出てくる光のエネルギーを調べました。この空洞からの熱の放射を空洞放射といいます。

キルヒホッフと空洞放射
キルヒホッフ(左)と空洞放射(右)

 この実験で得られた黒体放射スペクトルは次の図のようになりました。どの温度でも、光のエネルギーは、光の振動数が小さいうちは、振動数の増加に伴い大きくなりますが、ある振動数を超えると小さくなります。光のエネルギーが極大となる振動数は、温度が高いほど大きくなります。このスペクトルの形状は当時の物理学者たちの予想に反していました。彼らは、波である光は振動数が大きいほど大きなエネルギーをもつことができると考えていました。理論的な予想では、スペクトルは右肩あがりになるはずで、光のエネルギーがある振動数で急に小さくなるはずがないと考えました。

黒体放射のスペクトル
黒体放射のスペクトル

 イギリスの物理学者レイリー卿ことジョン・ウィリアム・ストラットとジェームズ・ジーンズ、ドイツの物理学者ヴィルヘルム・ヴィーンはそれぞれ黒体放射スペクトルの近似式を導くことを試み始めました。

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レイリー卿(左)とジーンズ(中)とヴィーン(右)

 彼らはそれぞれ次の図に示すスペクトルを求める数式を作りました。しかし、レイリー・ジーンズの式は振動数が大きくなると実測値と合わず、ヴィーンの式は振動数が小さくなると実測値と合わなかったのです。

レイリー・ジーンズの式とヴィーンの式の近似値と実測値
レイリー・ジーンズの式とヴィーンの式の近似値と実測値

 レイリー・ジーンズの式とヴィーンの式を参考に近似値と実測値がよく合致する式を導いたのはドイツの物理学者マックス・プランクでした。

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2020年11月26日 (木)

純鉄の製造を求めて|量子力学の幕開け(1)

それは溶鉱炉の温度制御から始まった

「現在の大問題は演説や多数決ではなく、鉄と血でこそ解決される」。これは1862年にプロイセン王国のオットー・フォン・ビスマルク首相が行った熱血演説の言葉です。 この言葉の意味するところは、ドイツ統一を果たす手段は大砲と兵士、 つまり軍事力しかないということです。

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オットー・フォン・ビスマルク

 1871年、普仏戦争に勝利したプロイセン王国は、フランス北東部のアルザス・ロレーヌ地域を獲得しました。この地域は資源が豊富で、鉄鉱石と石炭を採掘できました。優れた大砲を手に入れるには、高純度の鉄を作ることができる製鉄技術を確立する必要がありました。プロイセン王国はここで製鉄業を興し、鉄の製造に力を入れました。

アルザス・ロレーヌ地域
アルザス・ロレーヌ地域

 製鉄は、鉄鉱石を溶鉱炉にいれ、高温で熔融します。高純度の鉄を作るためには、溶鉱炉の温度を正確に管理しなければなりません。しかし、鉄が溶融する数千度の温度を測れる温度計はありません。そこで、職人が溶融した鉄の色を見て、暗赤色だから温度が低い、白っぽいから温度が高いというように、長年の経験から温度を見極めました。

溶融鉄
溶融鉄

 当時、温度によって、物体から出てくる光の色が異なることは知られていましたが、その詳しい関係はよくわかっていませんでした。そこで、溶鉱炉の温度を正確に知るため、物体の温度と光の色の関係を解明する研究が盛んに行われるようになりました。


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2020年11月18日 (水)

青は進めの真実|交通信号の色

 国際照明委員会(CIE)で定められた世界共通の交通信号の色は「緑・黄・赤」の3色です。航空関係などでは白や青の信号もありますが、CIEでは信号に使う光は「赤・黄・緑・青・白」の5色とし、それぞれの色の光の波長範囲や強さを定めています。

 日本では交通信号の色は「緑・黄・赤」ではなく「青・黄・赤」と認識されています。「青は進め」とは言いますが、「緑は進め」とは言いません。日本で現在使われている交通信号は確かに「青・黄・赤」に見えますが、昔使われていた交通信号は「緑・黄・赤」の3色でした。しかし、当時も「青は進め」と緑信号のことを青信号と呼んでいました。どうして緑なのに青なのでしょうか。

 これは日本人の青色に対する認識に由来します。日本人は昔から青色と緑色を明確に区別する文化をもっていませんでした。青色の範囲が広く、緑色も青色と呼ぶことが多かったのです。そういえば、ずいぶん前に亡くなった明治生まれの祖父も緑色を青色と言っていたように記憶しています。このような背景から、日本人は緑信号のことを青信号と呼んだわけです。

 しかしながら、近年では、日本人も青色と緑色を区別するようになりました。緑色を青色と呼ぶ人はほとんどいなくなりました。ですから、昔の緑信号では青信号と呼ぶのに違和感が出てきたのですが、慣習で青信号と呼んでいたわけです。

 そこで、現在の信号機では、CIEが規定している緑色信号の光の波長範囲で、なるべく青色に近い波長の光が採用されるようになりました。昔の信号よりはずいぶん青色に近い緑色になりました。

青信号
青信号

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