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ココログピックアップで紹介されました(2020年9月9日)

ココログピックアップ

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2021年7月30日 (金)

見る―眼の誕生はわたしたちをどう変えたか

見る―眼の誕生はわたしたちをどう変えたか

サイモン・イングス (著) 吉田 利子 (翻訳)

 2009年に出版された本ですが、眼に関する様々なことが解説された本です。いろいろな動物の眼の進化や仕組みなどを解説しています。また、ヒトの視覚の研究の歴史についても触れられており、過去の科学者の取り組みなどを紹介しています。眼について光学と生物学だけではなく、幅広い分野の話を取り上げています。

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単行本: 450ページ
出版社: 早川書房 (2009/1/23)
ISBN-10: 4152089997
ISBN-13: 978-4152089991
発売日: 2009/1/23
商品の寸法: 18.6 x 14.2 x 3.4 cm

【内容】

 光を効率よくとらえようとしてさまざまな生き物が眼を発達させ、見るという能力を獲得した。これまで見つかった最大の眼は、巨大なダイオウイカのもので、目玉の直径が40センチあったという。イカの眼とヒトの眼はまったく異なる進化をたどってきたものだが、それでも両者はじつによく似た構造をしているのだ。

 では、わたしたちはどうやってものを見ているのだろう。多くの哲学者や科学者がその謎に取り組んできた。プラトンは、眼がある種の光線を放射するおかげでものが見えるのだと唱えた。19世紀、死者の網膜には像が残ると言われ、殺人事件の捜査で眼球の写真が撮られた。色覚障害のあった科学者ドルトンは、自分の眼球の色が異なるのだと考え、死後に自分の眼を解剖させている。

 眼には想像以上の物語がある。眼の進化と意識、色覚や錯覚に隠された秘密、視覚の未来まで、眼と「見ること」のすべてを探る

 

・触れて触る眼―ホシバナモグラの鼻、ハダカデバネズミ
・カンブリア紀の大爆発と眼の誕生
・三葉虫のひさしを持った眼、あいだをおいてはめ込まれた眼
・ショウジョウバエの脚に作られた眼
・第三の眼、松果体
・「視光線」を放射している眼?
・色と言葉
・ステレオグラム
・殺人の原因にもなった視覚の化学
・虹が10色に見える4色型色覚をもつ女性
 その他

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2021年6月30日 (水)

オリンピックの五輪の色の意味は?

オリンピックシンボルとは

 オリンピックシンボルはオリンピック憲章第1章8で「単色または5色の同じ大きさの結び合う5つの輪」と定義されているオリンピック・リングで構成されるシンボルとされています。

オリンピックシンボル
オリンピックシンボル

オリンピック・リングの由来

 近代オリンピックの創立者のフランスのピエール・ド・クーベルタン男爵が1913年に考案したものです。

ピエール・ド・クーベルタン男爵
ピエール・ド・クーベルタン男爵

 その経緯として古代オリンピックが開催されたギリシアのデルフォイの祭壇にあった5つの輪を紋章が刻まれた石碑を参考に考案されたという説がありますが、この石碑は第11回ベルリンオリンピックの際に組織委員会の事務総長のカール・ディームが聖火リレーの式典の演出のために設置したものでした。式典は盛大に執り行われましたが、この石碑は撤去されませんでした。1950年代後半にアメリカ人作家のリン・プールとグレイ・プールがデルフォイを訪れたときにこの石を再発見し「古代競技の歴史(History of ancient Olympic games、1963年)」で紹介しました。この石碑は「カール・ディエムの石」として知られるようになり、オリンピック・リングのデザインは古代オリンピックに由来するものという説が流布しました。

オリンピック・リングの意味

 オリンピック・リングは白地に青、黄、黒、緑、赤の5つの輪が連なったものです。クーベルタン男爵はこの5つの輪をヨーロッパ大陸、アメリカ大陸、アフリカ大陸、アジア大陸、オセアニア大陸の5つの世界大陸に見立てました。また5つの大陸と色には関係がなく、どの輪がどの大陸を意味しているというような定義はされていません。白、青、黄、黒、緑、赤の6色はすべての参加国の国旗を再現できる色して選んだものとされています。 

 クーベルタン男爵は「Olympique 1913年8月号」において、「このように組み合わせられた6色(旗の白地を含む)は例外なくすべての国の色を再現している。スウェーデンの青と黄、ギリシャの青と白、フランス、イギリス、アメリカ、ドイツ、ベルギー、イタリア、ハンガリーの三色旗、スペインの黄と赤、ブラジルとオーストラリアの革新的な国旗、古代日本と現代中国の国旗も含まれている。まさに、国際的なエンブレムです」と述べています。

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2021年6月25日 (金)

ガリレオの思考実験「重いものほど速く落下するのか」

 イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイは「重たいものほど速く落下する」という当時主流だった考えを否定しました。

 ガリレオはこれを証明するために重い鉄球と軽い鉄球を用意し、2つの鉄球を紐でつないで落下するという思考実験を考えました。もし、重たいものが速く落下し、軽いものが遅く落下するならば、この紐でつないだ2つの鉄球の落下速度は、それぞれの鉄球の落下速度の平均値になるはずです。しかし、2つの鉄球は紐でつながれていますから、2つの鉄球の重さを合計した1つの物体と見なすことができます。そのように考えると、この物体の落下速度はもとの鉄球の落下速度より速くなるはずです。

ガリレオの思考実験「重いものほど速く落下するのか」
ガリレオの思考実験「重いものほど速く落下するのか」

 ガリレオはこの思考実験から同じ現象に対して矛盾する2つの結論が出てくるのはおかしいと考えて実際に実験をしてみました。そして、「重たいものほど速く落下する」が間違いであることを確かめまたのです。

 ちなみに、この実験はガリレオの弟子のヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニによる伝記ではピサの斜塔で行われたと伝えられていますが、実際には斜面で玉を転がす実験だったと考えられています。

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2021年5月10日 (月)

マゼンタのおはなし|単色光(波長)が存在しない色

マゼンタとは

 「光の三原色」や「色の三原色」にマゼンタという名前の色が出てきます。マゼンタは日本語では紅紫色と言いますが、わかりやすく言うと鮮明な赤紫色のことです。

 光の色としてのマゼンタは光の三原色の赤色光と青色光を均等に混ぜたときにできる色です。

(R,G,B)=(255,0,255)=#ff00ff

 物体の色としてのマゼンタについては、

 CMYKのプロセス印刷のMは次のような色になります。

(R,G,B)=(236,0,140)=#ec008c

 JIS慣用色名ではマンセル値で5RP 5.5/14とされており、次のような色になります。これはCMYKのインクの色味とは異なります。

マンセル値 5RP 5.5/14 (R,G,B)=(197,78,160)=#c54ea0

マゼンタの由来 

 マゼンタは元々はイタリアのロンバルディア州ミラノ県に存在するマジェンタ(Magenta)という街(コムーネ)の名前に由来します。

 1859年4月29日に開戦した第二次イタリア独立戦争において、イタリア北部ロンバルディア地方マジェンタ近郊で同年年6月4日にマジェンタの戦い(伊: La Battaglia di Magenta)が起こりました。この戦いではサルデーニャ王国・フランスの連合軍とオーストリア帝国軍が戦い、連合軍が勝利を収めました。

 1859年にフランスの化学者フランソワ・エマニュエル・ベルガンがアニリンと四塩化炭素を混ぜた赤紫色の染料を作り、フクシアの花の色にちなんで「フクシン」と名付けました。また、同年にイギリスの化学者チェンバース・ニコルソンとジョージ・マウルが「フクシン」と同様の赤紫色のアニリン染料を作り、1860年に「ロゼイン」という名前でロンドンで製造を開始しました。

 これらの赤紫色の染料はマジェンタの戦いの戦勝を記念してマゼンタと呼ばれるようになりました。この戦いで活躍したフランスのズアーヴ兵の制服の赤紫色をマゼンタと呼ぶようになっていたという説もあります。。

フランスのズアーヴ兵(1858年頃)
フランスのズアーヴ兵(1858年頃)

マゼンタに対応する単色光は存在しない

 太陽光をプリズムで分散すると紫から赤に連続して変化する光の色の帯、すなわち可視光線の連続スペクトルが現れます。

短い ← 波長 → 長い
可視光線のスペクトル
可視光線のスペクトル

 この可視スペクトルには様々な色が存在しますが、その色の中にマゼンタは存在しません。同じ理由で虹の色にもマゼンタは存在しません。

虹の色にマゼンタは存在しない
虹の色にマゼンタは存在しない

 可視スペクトルの中にマゼンタの光が存在しないということは、マゼンタに対応する単色光(単一波長からなるの光)が存在しないということです。

 マゼンタは単色光の赤色光と緑色光を均等に混ぜたときにできる色です。マゼンタの光はヒトの網膜に存在する赤色光と青色光に反応する錐体細胞を刺激します。脳はその刺激を受け取るとマゼンタの色と認識します。これは光源の色としてのマゼンタの認識も物体の色としてマゼンタの認識も同じ仕組みです。このように私たちが認識している色は私たちヒトの色覚に密接に関係しています。

 私たちが認識している色は眼に入る光の情報をもとに脳内で作り出しているものです。もともと光や物体には色はついていません。脳がものに色をつけているのです。色の正体は私たちが作り上げた概念にすぎません。私たちが見ている色とりどりの景色は私たちの脳内で作り出されているバーチャルな世界と言えます。単色光が存在しないマゼンタの色が存在することは何ら不思議なことではありません。

マゼンタ(赤紫色)が見える理由

 前述の可視スペクトルをみると波長の短い方に紫色光、波長の長い方に赤色光が存在していることがわかります。このことを踏まえて考えると、赤色光と青色光を均等に混ぜるとその中間色の緑色が見えそうですが、実際には可視スペクトルの両端の色を連結するマゼンタ(赤紫色)が見えます。

色相環
色相環

 単色光の赤色光と青色光を混ぜるとどうしてマゼンタ(赤紫色)になるのかはヒトの色覚に深く関係しています。次の図は観測者の色覚の応答を数値で表した等色関数を図で表したものです。R(赤色光)、G(緑色光)、B(青色光)のグラフはそれぞれの色を感じる錐体細胞の刺激の割合を示したもの、G(緑色光)の刺激の最大値を1として標準化したものです。

CIE 1931 XYZ等色関数
CIE 1931 XYZ等色関数

 ここで注目すべきことは、赤色光に反応する錐体細胞は短波長側の青色光でも刺激を受けるということです。つまり、赤色光と青色光が均等に混じった光を受けると、赤色光と青色光の中間色の緑色にならず、マゼンタ(赤紫色)に見えるのです。

マゼンタは色覚の進化に関係している

 多くの動物は四原色の色覚(四色型色覚)を持っています。蝶などの昆虫は紫外線を見ることができ、鳥類や爬虫類の多くはヒトよりも色を見分ける能力が高く、より鮮やかな色の世界を見ています。これらの動物が色を見分ける能力が高いのは、それぞれの動物の生活環境に関係していると考えられます。昼行性の動物はより多く色を見分けられた方が有利だったのです。

 犬や猫など多くの哺乳類はニ原色の色覚(ニ色型色覚)しか持っていません。たとえば、犬は赤と緑を見分けることができません。そのため、緑色の芝生の上で赤色の花を見つけるのが苦手です。かつて哺乳類は夜行性だったため、色を見分けることよりも、暗いところで良く見える能力が必要でした。そこで色を感じる錐体細胞が2つになり、色は見分けられないが弱い光を感じることができる桿体細胞が発達しました。

 哺乳類の中でも霊長類の旧世界ザル(狭鼻小目)は三原色の色覚(三色型色覚)を持っています。いまから数千年前に赤色光に反応する錐体細胞の一部が変化し、緑色光に反応する錐体細胞ができ、3つの赤色錐体・緑色錐体・青色錐体(注)を有するようになったと考えられています。色を見分ける能力が向上したのは、森林で暮らすようになり、木々の緑の葉、さざまなな色の花や木の実を見分ける必要があったからかもしれません。

(注)最近は S 錐体(短波長)、M錐体 (中波長)、L錐体(長波長)と呼ばれる場合が多い。

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2021年4月27日 (火)

古代エジプトにレンズは存在していたのか

 以前、古代エジプトのヒエログラフに「レンズ」を意味する文字があるという情報を得ていろいろ調べたことがあります。インンターネットのいくつかの記事では古代エジプトのレンズについて「simple glass meniscal lenses(簡単なガラス製の半月レンズ)」と紹介されていますが、そのヒエログラフがどのようなものかを示す論文を見つけることができませんでした。その経緯は下記の記事にまとめてあります。

 当時の古代エジプトにはレンズを作ることができるような十分に透明なガラスは存在していませんでした。しかし、水晶など天然の透明な結晶はありました。当時の人たちが水晶などを使って意図的にレンズを作成したとは考えにくいですが、レンズの一部の働きをする道具を作って利用していた可能性はありそうです。

 その中でもっとも可能性がありそうなものは光を集めて着火するための道具でしょう。しかし、これをもって古代の人々が意図的にレンズと作ったと主張するには無理があるかもしれません。透明なものが光の収れん現象を起こし、可燃物を着火させることはよく知られています。当時の人々も原理を理解していたかはともかく、球状の透明なものが光を効率的に収れんさせるという経験と知識はもっていたでしょう。

  さて、「アッシリアの水晶レンズ」もしくは「ニムルドのレンズ」と呼ばれている世界最古のレンズがあります。このレンズはしばしばオーパーツとして取り上げられることもありますが、実際にはレンズとして意図的に作られたものではなく、家具や置き物などの装飾に使った象嵌材だったと考えられています。下記の記事にまとめてあります。

 このアッシリアのレンズと呼ばれる水晶は象嵌材ではありますが平凸レンズの形をしていたため、レンズの働きによる現象を確認できたはずです。この象嵌材を作成した職人はこの象嵌材を通して作業台の上にあったものの拡大像を見ていたかもしれません。

 象嵌材で気が付いたのですが「玉眼」というものがあります。「玉眼」とは仏像の眼を本物のように見せるために使われた水晶のことです。像の眼の部分に穴を開けて板状の水晶を嵌め込み、水晶の裏に虹彩や瞳を描いて白い布を当てます。これを表側から見ると、本物の眼のように見えるというわけです。「玉眼」は仏像に限って使われたわけではなかったでしょう。

 古代エジプトでは太陽神ラーが最も重要な神とされていました。

イメンテット(左)と太陽神ラー(紀元前13世紀のネフェルタリの墓)
イメンテット(左)と太陽神ラー(紀元前13世紀のネフェルタリの墓)

 古代エジプト人にとっての光は太陽神ラーの眼差しで、ラーの眼は神聖なものでした。もし、ラーの眼に「玉眼」の加工が施されたいたら神秘的に見えたに違いありません。

太陽神ラーの眼
太陽神ラーの眼

 そのような観点から古代エジプトの「玉眼」を探してみたところ次のサイトが見つかりました。これをレンズと呼んで良いのかどうか実物を見たいのですが、そう簡単には実現できないでしょう。この論文に写真でも掲載されていると良いのですが、今回のリサーチはとりあえずここまでとしておきます。

19 July 1999

Remarkable lenses and eye units in statues from the Egyptian Old Kingdom (ca. 4500 years ago): properties, timeline, questions requiring resolution

Jay M. Enoch, Univ. of California/Berkeley (United States)

Proc. SPIE 3749, 18th Congress of the International Commission for Optics, (19 July 1999)

Abstract

The first known lenses appeared during the IVth and Vth Dynasties (fabricated mainly between ca. 2500 - 2400 BC) of the Old Kingdom of Egypt. Excellent examples of these lenses are found in The Louvre Museum in Paris and the Egyptian Museum in Cairo. These lenses were components of eye constructs in statues and had unique qualities. In particular, the `eyes' appear to follow the viewer as he/she rotates about the statues in any direction. Clearly, this was an intended effect which can be readily photographed (and understood optically). The lenses were ground from high quality rock crystal (a form of quartz). They had a convex and highly polished front surface. On the plane rear lens surface as `iris' was painted. Centered in the dark- appearing pupil zone was an approximately hemispheric negative ground, high power, concave lens surface.

初めてレンズが登場したのはエジプト古王国の第4王朝と第5王朝のものです(主に紀元前2500年から2400年の間に製作された)。これらのレンズは、パリのルーブル美術館やカイロのエジプト博物館に所蔵されており、彫像の目を構成する部品であり、独特の性質を持っています。特に、この「目」は鑑賞者が彫像をどの方向から見ても追随するように見える。これは明らかに意図された効果であり、容易に写真に収めることができます(光学的に理解できます)。レンズは、高品質のロッククリスタル(石英の一種)から研磨されたものです。レンズは高品質のロッククリスタル(石英の一種)を研磨したもので、前面は凸状に高度に研磨されています。後面の平面には「アイリス」の文字が描かれている。暗く見える瞳の部分を中心に、ほぼ半球状のマイナス地、高出力の凹レンズ面がある。

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